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2010年6月27日 (日)

川を護ること 自然と人の生活を護ること

昨日は、rainだったので、天野礼子さんの「よみがえれ いのちの川よ」を読みました。
土木技術者として、職業としての求められる使命と、人として護るべきものは同じなのですが、カワガキ(カワオヤジ?)として、ちょっと考えてみました。

よみがえれ いのちの川よ (旬報社ブックス・環境問題の未来)

著者:天野 礼子,山岡 寛人

 
よみがえれ いのちの川よ (旬報社ブックス・環境問題の未来)

つり好きの天野さんが、つりを始めたきっかけ、文筆活動を始めたきっかけ、川の再生計画と向き合ってきた活動をまとめたものですが、川と釣りを愛する人から見た素直な視線で書かれていると思います。(えらそ)
人の生活(安全と財産)を護るために特化してきた、明治以降の治水施策に対する評価については、共感できる部分が有ります。
川それぞれの、特性を活かした治水が、江戸時代の幕藩体制(連邦国状態ですかね)では有効だったものが、中央集権国家になり画一化した技術により不幸な方向に進んでしまったのは、ある意味あたっていると思います。(オールジャパン基準の弊害です)
お上に楯突きながら、公共事業をすることは、今の社会の仕組みでは非常に難しいことです。
今の河川法では、住民のみなさんに住んでいる場所の安全度を知らせ(氾濫解析結果の公開)、合意形成を図った治水を行うようになりました、が。
すでに、住んでいる方の安全を低下させることが出来ないし、生態系を護るために人の生活を軽視できるかということも、行政的には不可能かも。
ならば少しでも、知恵を出して、対策を考える。地方分権により、川の特性を活かした対策を認める。ことが必要では。

先日、「川辺ダム」反対運動の話が毎日新聞のコラムに出ていました、かっての建設反対活動家たちのことに触れられており、『反対集会で反対意見を表明をした「建設コンサルタント」の人がそのまま連絡が取れなくなったこと、同じようにそれらの活動により表舞台から退場せざるを得なかった多くの人々の努力が有ったことを忘れてはいけない』と結んでありましたが、歴史を振り返るとそのとおりだと思いました。地域の声が大事です。

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